土壌に生息する生き物は土壌生物と総称されており、さらに土壌生物は土壌動物と土壌微生物に分類されます。土壌動物は比較的身体が大きな生物を指し、モグラやミミズなどがそれにあたります。土壌微生物は比較的小さな生物を指し、糸状菌、細菌、放線菌などがそれにあたります。
これらの土壌生物は良くも悪くも農業と深い関わりが知られていますが、とりわけ「菌」と聴くとネガティブなイメージを持つ方が少なくないのではないでしょうか。今回のコラムでは「菌」のなかでも糸状菌と呼ばれる微生物について、農業との関わりを交えながら解説したいと思います。
糸状菌とは
糸状菌は菌糸を形成する菌で胞子によって増殖します。糸状菌は所謂「カビ」と呼ばれているものを指します。一方、糸状菌と混同されやすい菌に細菌が存在します。細菌は所謂「バクテリア」と呼ばれているものを指し、例えば根粒菌、乳酸菌、納豆菌などが含まれます。
糸状菌は菌糸を使って栄養分の移動を行っており、菌糸によって自らに栄養分を移動させる場合や自らから栄養分を移動させる場合があります。この糸状菌は陸上、水中、或いは人体にも存在しており、人類と糸状菌は距離的にもかなり近いところで共存していると言えるでしょう。
キノコ
例えばキノコは糸状菌に分けられます。
キノコは子実体と呼ばれる構造を指し、凡そ担子菌門か子嚢菌門に属すると言われています。またキノコは菌根菌とも呼ばれており、高級食材で知られるトリュフは菌根菌であり子嚢菌門に分類されています。
麹菌
発酵食品に利用されている麹菌も糸状菌とされています。
麹菌を利用した発酵食品は日本の食文化において古くから親しまれており、味噌・醤油・酒(日本酒や泡盛など)などが知られています。こうなると我々日本人はほとんど毎日を糸状菌とともに生きていると言えましょう。
白癬菌
白癬菌は所謂水虫のことで、皮膚糸状菌に分類されています。高温多湿の部位を好み皮膚の表面に寄生して感染を広げます。足(みずむし)・股(いんきんたむし)・体(ぜにたむし)など白癬菌が発症した部位によって呼び方が変わります。
農業における「良い糸状菌」と「悪い糸状菌」
前章では農業と関わりの少ない糸状菌について説明をさせていただきましたが、本章では農業(植物分野)に深く関わる糸状菌について紹介したいと思います。
そもそも農業とは歴史上人間活動が成熟するにつれて発達してきた技術であり、人間が食べるための動植物を、土地を利用して生産することを言います。つまり「生産」という目的を達成するために都合の良し悪しを区別する局面が発生してしまいますが、農業において病害虫の発生はごく当たり前で、古来日本でもイナゴの大発生によって人々は飢饉に陥っていたことが知られています(昔の人は「虫送り」という対策を講じていたそうです)。現代農業では品種多様性や気候変化によって様々な病気が発生しますが、日本の農業病害の75%が糸状菌によって起こり、次いでウイルス、細菌、ファイトプラズマの順と言われており*、このような事実から農業において「菌」と聴くとネガティブなイメージが発生していると考えられます。
しかし、良い糸状菌も存在しています。下記では農業にとって良い糸状菌と悪い糸状菌に分けて簡単に説明します。
*植物防疫講座第3版病害編(社団法人日本防疫協会)を参照
良い糸状菌の種類(二例)
冬虫夏草
良い糸状菌に分類することに迷いがありましたが、高値で取引される高級漢方薬という実態に即して、人間活動では重要な糸状菌として捉え取り上げることにしました。
冬虫夏草は、昆虫の成虫や幼虫に寄生し、エサとしての栄養分を宿主から吸収し子実体を形成します。古来より漢方薬として重宝され、滋養強壮や不老長寿の効果があるとされています。日本国内だけでも凡そ300種の冬虫夏草が知られています。中国ではチベットや青海省などの高原地帯で採取でき、現地の人々の貴重な収入源になっています。
菌根菌
代表的な菌根菌(外生菌根菌)にキノコがありますがトリュフ、ホンシメジ、マツタケなどが良く知られています。これらの種類の菌根菌は子実体を形成するため私たちはそれをキノコと呼んでいます。
この他ではアーバスキュラー菌根菌(内生菌根菌)が有名です。アーバスキュラー菌根菌は子実体(キノコ)を形成しないタイプの菌根菌で、植物の根の中に住んでいて(共生)そこから菌糸を伸ばして栄養分を確保しています。詳しくは次章で解説をしたいと思います。
悪い糸状菌の種類(二例)
炭疽病菌
炭疽病菌は様々な植物に感染する非常に厄介な病原菌です。挙げればキリがありませんが野菜ではイチゴ・トマト・スイカ等、果樹ではナシ・マンゴー・ブドウ等、チャ(茶)にも発生します。主な伝染経路は降雨や灌水などで、気温が高く雨の多い時に発生が顕著になります。炭疽病菌は残渣にも付着しているため炭疽病に罹病した植物は放置せず焼却するなどして適切に処分します。
うどんこ病菌
うどんこ病は様々な植物に発生する病気で、うどんこ病菌は人工培養できない絶対寄生菌です。キュウリ・ピーマン・ナス等で発生し、昼間の乾燥と夜間の多湿の繰り返しで多発しやすくなっています。窒素過多や風通しが悪い場合でも発生が見られるため、耕種的防除によって対策できる病害とも言えます。定期的な農薬散布(消毒)も効果的で、有効成分においてさまざまな種類の農薬をローテーションさせることにより効果的に抑制できます。
窒素過多に関するコラムはこちら
>>>野菜栽培の窒素過多対策|地力窒素との関係
農業有用土壌微生物|アーバスキュラー菌根菌
子実体(キノコ)を形成する外生菌根菌に対してアーバスキュラー菌根菌は子実体を形成しないため内生菌根菌に分類されます。アーバスキュラー菌根菌は根圏微生物の一つで植物(宿主)の根に共生する特徴があり、その宿主共生の広さから身近にある殆どの土壌に存在していると言っても過言ではありません。もっと大きく表現すると、自然に存在している植物がアーバスキュラー菌根菌を含む菌根菌の一種に共生していないことは異常とも言えるべき状態で、植物は菌根菌によって生かされていると言って差し支えないと思います。これらのことはアーバスキュラー菌根菌が陸上植物の80%以上に共生できることや、4億年前から植物に共生してきたことからも大げさではないと思います。
植物のリン酸吸収はアーバスキュラー菌根菌のおかげ!?
当然アーバスキュラー菌根菌は農業で利用される栽培作物にも共生することが可能です。アーバスキュラー菌根菌は農業において有用土壌微生物とされており、共生した植物にリン酸を供給する役割が知られています。このリン酸吸収において、植物自身はかなりの割合でリン酸吸収をアーバスキュラー菌根菌を含む菌根菌に頼っていると言われています。このことが上記で述べた「植物は菌根菌によって生かされている」の表現した理由です。アーバスキュラー菌根菌の共生によって植物はリン酸吸収を補助される状態になりますが、これによって生育促進や収量増加などの効果が期待できます。しかし、身近にある殆どの土壌に菌根菌は存在していると言われていますが、菌根菌にも種類があって、口語的に崩して表現すると「働き者の菌根菌」と「怠け者の菌根菌」が存在しています。
働き者と怠け者
働き者の菌根菌は上記で解説したようにリン酸吸収を助けてくれる存在ですが、怠け者の菌根菌はリン酸吸収能が低いため共生された植物にとってメリットが少ない存在と言われています。「折角菌根菌に共生してもらうならば働き者の菌根菌の方がいいよね!」という要望に応えて、農業では働き者の菌根菌を選抜した資材が販売されています。もともと畑に生息している菌根菌の中から働き者の菌根菌に共生してもらうことを期待するよりも、資材化された働き者の菌根菌を利用する方が効率的で最終的なメリットも多くなる確率がグッと上がります。
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アーバスキュラー菌根菌共生の方法
農業において意図的にアーバスキュラー菌根菌を共生させるためには幾つかのコツがあります。アーバスキュラー菌根菌は一度共生してしまえば、基本的には植物が死んでしまうまで活躍し続けると言われており、共生させることが何より大事な作業になってきます。本章では資材化されたアーバスキュラー菌根菌を上手に共生させる方法について解説したいと思います。
①土づくりの注意点
基本的な土づくりの方法は慣行通りで問題なく、いつも通りに堆肥と肥料を使用してください。堆肥は牛糞などの動物性堆肥やソルゴーなどの緑肥、基本的にはどれでも問題ありません。肥料は化学肥料を施肥しても問題ありませんが、減肥気味で施用することをおすすめします(できれば肥料分の少ない有機質肥料を施用する方が良いです)。アーバスキュラー菌根菌はリン酸分の多い畑では共生しにくいとされているため、特にリン酸は減らします。
②資材を使用するタイミング
アーバスキュラー菌根菌は根に共生する土壌微生物です。そのため植物の根の近くに資材を施用することが共生確率をアップさせるために必須です。つまり土づくりの際に土壌中に混ぜ込むよりも、育苗のときに使用する、或いは定植の際に資材を一緒に植え込む方法が最も共生させる確率が高くなります。
アーバスキュラー菌根菌資材の使用方法はそれぞれに特徴があるので、実際にはその方法に従うことが最も重要です。
③施用の前後の農薬管理
アーバスキュラー菌根菌は農薬に弱い微生物です。施用前後の農薬の使用は極力避けるべきです。ただし一部の農薬成分に耐えることもわかっているため使用する菌根菌資材によって確認するとよいでしょう。
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アーバスキュラー菌根菌資材|キンコンバッキー
キンコンバッキーの使い方は水和あるいは種子粉衣を推奨しています。
微粒の粘土鉱物に胞子を付着させており、水で希釈してもダマにならずしっかりと溶け込みます。2000倍に希釈して植物の根が若い期間に施用します。取り分け育苗期間が最も適切で遅くとも定植時までの施用が共生の高まりには望ましいです。施用量はポット苗ならば50ml、ドブ漬けも可能です(ドブ漬けの場合は培土が崩れないようにして定植時に培土も一緒に植えます)。種子粉衣は直播栽培に適用するの最適で、反あたりの種子に対して15gを使用します。種子や播種方法によって粉衣方法に工夫が必要ですが、バケツやビニール袋で混ぜる方法があります。最近はコーティング種子に使用する方法を考案した農家様も出てきました。
キンコンバッキーは一部の農薬に弱いことがわかっているますが、いくつかの農薬との併用が可能なので農薬名を明記してセイコーエコロジアにお問い合わせください。相性をお調べ致します。
糸状菌は農業に欠かせない
今回のコラムでは農業とは関係が遠くしかし我々には身近な糸状菌から、農業に深く関わる糸状菌まで広く浅く解説させていただきました。特にアーバスキュラー菌根菌についてはもっと詳しく紹介したかったのですが、それは別のコラムに委ねるとして今回のコラムは締め括りたいと思います。アーバスキュラー菌根菌をもっと詳しく知りたい方は下記のコラムをご参考いただければと思います。今回のコラムが皆様のお役に立つならば幸いです。
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コラム著者
小島 英幹
2012年に日本大学大学院生物資源科学研究科修士課程を修了後、2年間農家でイチゴ栽培を経験。
2021年に民間企業数社を経てセイコーステラに入社。コラム執筆、HP作成、農家往訪など多岐に従事。
2016年から現在まで日本大学生物資源科学部の社会人研究員としても活動し、自然環境に配慮した農業の研究に取り組む。研究分野は電解機能水農法など。近年はアーバスキュラー菌根菌を利用した野菜栽培の研究に着手する。
検定、資格は土壌医検定2級、書道師範など。
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