リン酸肥料が入手できないような状況を打開する術はあるのでしょうか。仮に一点を挙げるとすれば「無駄を無くす」ことです。温暖湿潤気候の日本は雨量が多いため土壌微生物が活発に活動します。好気呼吸をする土壌微生物は酸素(O2)を取り込み二酸化炭素(CO2)を排出します。二酸化炭素は土壌水分に溶け込み炭酸水になり、水のpHが酸性化します。つまり、土壌pHが酸性になるわけです。酸性土壌ではアルミニウムや鉄などが可溶化し、これらの元素はリン酸と結びつきやすく、さらにリン酸と結合すると不可給態リン酸になってしまうので予めリン酸肥料を多めに施用しなければ、植物はリン酸欠乏の状況に陥ってしまいます(このような場合は石灰を施用することでpH矯正ができます)。
このように日本はリン酸をたくさん使うことで適切な農業ができる土壌が多い国といえます。しかし、ある土壌改善を行うことでリン酸肥料を大事に運用することができます。今回のコラムは、植物へのリン酸肥料の効果を読み取りつつ、リン酸肥料を無駄にしない効果的な利用方法を紹介できればと思います。
リン酸肥料は何からできているのか
リン酸肥料の原料はなんでしょうか。結論からいうと、主に鉱石で、少量ですが動物の死骸や糞が原料のリン酸肥料もあります。
日本は南アフリカ、ヨルダン、中国などから輸入したリン酸鉱石を肥料化して製品にしています。この輸入量は膨大で全輸入量の73%にあたり170,000トン以上の数字です。ここからいわゆる普通肥料が大手7社によって製造されており、比率として50%ほどとなっています。動物の死骸や糞が原料となる肥料は特殊肥料に分類されます。特殊肥料とは「農林水産大臣が指定した、農家の五感によって識別できる肥料」をいい、魚粕や堆肥などが代表的です。グアノは輸入量の多い特殊肥料です。グアノはコウモリや海鳥の糞のことで、農業ではリン酸や窒素を求めて肥料として利用できます(生成の成り立ちでリン酸成分か窒素成分に偏りがあります)。元肥として圃場に施用する肥料資材で、特別珍しい肥料ではありません。
リン酸肥料の実情
前章でも取り上げましたが、日本はリン酸供給を海外に頼り切っています。言い換えると、日本にはリン酸(鉱石)がほとんど無いのです。グアノ資材に関しては重量としてほんのわずかに数十トンが国内生産されていますが、リン酸肥料全体の量からみればほとんどゼロといえます。
そもそも肥料三要素と呼ばれる窒素・リン酸・カリウム(NPK)の多くを日本は輸入している実態があります。尿素としての窒素(N)は中国やマレーシアから、リン酸鉱石やリン安としてのリン酸(P)を中国やアメリカから、塩化カリウムとしてのカリウム(K)をカナダから輸入しています。これは肥料資源の産出場所の偏りによるもので、正直なところ、輸入に頼ることは「仕方のないこと」といえます。
少し話が反れますが、2022年の初め頃、「尿素水が足りない」という事態に日本は見舞われました。韓国の尿素水不測の影響によるもので、韓国は尿素水のほとんどを中国の輸入に頼っています。尿素水の不足している韓国が日本で買い付けた影響で、日本も一時尿素水不足になってしまい、流通業界は大きな打撃を受けました。米中摩擦の影響による中国での尿素不足が発端で、巡り巡って日本にも飛び火した結果です。
仔細は述べませんが、このままの状態だと韓国の尿素水のように日本のリン酸肥料も同じことが起こりうる心配があると思います。しかしながら、リン酸資源に乏しい日本、なお且つ産出場所に偏りがあるリン酸。これの不安を和らげるためにはやはり「無駄を無くす」ことではないでしょうか。
リン酸肥料の効果
リン酸肥料は植物の根や生長に関わる栄養素で、野菜や果樹などに対する養分供給のバランスとしては窒素肥料よりも少なくカリ肥料よりも多いとされ、栽培においては元肥だけではなく追肥としても非常に重要な肥料要素です。リン酸のみの単独で施肥することは余りありませんが、トマトやイチゴなど長期間に及んで栽培する野菜では追肥としての利用機会の方が多いといえます。リン酸肥料の欠乏による生育不良はそれほど頻発しませんが、土耕栽培の場合は土壌診断において適正にリン酸を施肥することが基本です。トマトなど花数の多くなる野菜の養液栽培の場合は、過剰施肥にならないよう適量を確認して施肥することが基本的です。富栄養の養液は水の腐りや病害発生の原因となります。養液栽培はモニタリングによる環境制御が普及しており施肥基準が整備されてきたため、施肥の適正量や時期(タイミング)は土耕栽培よりもある程度簡単に管理ができるといえます。
リン酸吸収係数
リン酸は土壌の種類によって保持されやすさ(固定されやすさ)が異なります。「リン酸吸収係数」として数値化され、数値が大きいほど土壌にリン酸が保持されやすくなり、一般的に黒ボク土が最も高い数値として知られています。
黒ボク土の特徴は腐植が多いことです。腐植はリン酸(リン酸イオン、H2PO4–)を保持しやすく、黒ボク土のように腐植が多い土壌はリン酸の潤沢さから農業に適した土壌とされています。逆に砂質土壌はリン酸を保持しにくいので農業には向かない土壌とされています。サハラ砂漠やゴビ砂漠では農業が振興していないことを例にすると解りやすいかもしれません(気候などの影響もありますが)。
黒ボク土に多く存在するアルミニウム、また、鉄やマンガンは土壌酸性化によってリン酸と結合しやすく、結合することで難溶性リン酸となります。難溶性リン酸は植物に取り込まれにくく、つまり土壌酸性化は、リン酸肥料を多く施用しなければ肥効を得られにくいという理解ができます。
リン酸肥料の種類
リン酸肥料といっても使い方や働きで様々な種類があります。肥料は普通肥料と特殊肥料に分けられ、普通肥料は化成肥料(複合肥料)、有機肥料、微量要素複合肥料などが該当し成分保証のための保証票が肥料袋に添付されています。特殊肥料はくん炭、アミノ酸かす、魚粕、グアノ、堆肥など農家の経験で効果を実感し使用される肥料のことで、農林水産大臣の指定および都道県知事への届出が必要となっています。
本章では普通肥料の中から、過リン酸石灰、苦土重焼リン、熔成リン肥の説明をしたいと思います。
過リン酸石灰
速効性のある水溶性のリン酸肥料です。速効性のため植物が取り込みやすい性質がある反面、水に溶けやすい性質もあるため溶脱によって圃場外へ流出しやすい肥料ともいえます。前章で述べたように、腐植はリン酸(リン酸イオン、H2PO4–)を保持しやすい性質があります。過リン酸石灰を施用する場合は腐植も同時に施用することで溶脱による流出を防ぐことができます。
苦土重焼リン
緩効的に溶けるため肥効が長く続く特徴があります。苦土重焼リンは水溶性でありく溶性(くようせい)の性質のある肥料です。く溶性とは、根や土壌微生物が分泌する有機酸に溶解することで、比較的緩効的に溶けるため長期間肥効が続くようになっています。苦土重焼リンの場合、最初に水溶性リン酸が植物に取り込まれ、次にく溶性リン酸が植物に取り込まれる特徴をもっています。
熔成リン肥(ようりん)
く溶性で苦土(マグネシウム)と石灰(カルシウム)が多く、アルカリ性を呈しています。これらに加えてケイ酸も含有しているため水田で効果を得やすくなっています。く溶性リン酸肥料で緩効的に肥料が効くため、速効性を求めることはできません。元肥として施用することが一般的ですが、過リン酸石灰と併用することで苦土やケイ酸を求めつつ長期間の肥効を得ることができます。
リン酸肥料を過剰に施用しないで効果的に使う方法
本章ではリン酸肥料を過剰に施用せず無駄遣いをしない方法を紹介します。その方法とは、有用土壌微生物アーバスキュラー菌根菌を利用することです。アーバスキュラー菌根菌は植物の根に共生して、植物のリン酸供給を促進する役割をもっています。ほとんどの土壌に生息しているといわれていますが、特に農地ではクロルピクリンなど化学農薬や化学肥料の使用の影響によってその密度が減少しているといわれています。
アーバスキュラー菌根菌はリン酸栄養の多い土壌では植物との共生関係を築くことができません。植物からアーバスキュラー菌根菌に対してシグナルが発せられて(分泌されて)共生関係を構築するためで、植物はこのシグナルを土壌リン酸が少ないときに発することが知られています。化学肥料が普及する以前、農作物は十分なリン酸肥料の要求を満たすことができておらず、農作物はアーバスキュラー菌根菌を頼りとした生育をしていたといわれています。さらには、アーバスキュラー菌根菌の共生が無いまま植物は生存できないとの考え方もあるようです。このことは、アーバスキュラー菌根菌が陸上植物の80%以上に共生することができる事実で説明ができるようで、近年のリン酸不安も相まって、いまアーバスキュラー菌根菌が大いにクローズアップされています。
リン酸を無駄なく吸収する|アーバスキュラー菌根菌資材キンコンバッキー!!
キンコンバッキーはグロムスを含んだアーバスキュラー菌根菌資材で、セイコーエコロジアがプロデュースした商品です。水和を推奨しており、2000倍に希釈して幼苗をはじめとした若い植物に施用します。1ヵ月ほどで根に共生して、根から菌糸を伸ばしてリン酸吸収や水分吸収など行い、苗の充実に貢献します。苗に共生した菌根菌は定植後も共生が続き、花数増加や収量増加などバイオマス量の増加に貢献します。
キンコンバッキーは製品の特性上、生き物を扱っているの温度管理に注意する必要があります。0~25℃の冷暗所で管理し、使用後に余った場合は密閉して先述同様に管理すれば後日また使用することができます。いずれにせよ生き物であって温度管理が必要な資材なので、ご注文の際はなるべく早く使い切れるように施用計画を立てましょう。
貴重なリン酸肥料を無駄にせず、植物を健康に育てる
アーバスキュラー菌根菌は農業を行う上で大いに利用されるべき微生物資材です。ここ数年でフミン酸やフルボ酸を含有した腐植酸質資材の製品を展示会などでよく見かけるようになりました。牛糞や鶏糞などの堆肥を施用する機会の減少とともに、このような腐植資材がクローズアップされていると考えられますが、リン酸不安の現状からアーバスキュラー菌根菌が全国的に普及する日も遠くないと予測できます。
今回のコラムが皆様のお役に立つならば幸いです。
コラム著者
小島 英幹
2012年に日本大学大学院生物資源科学研究科修士課程を修了後、2年間農家でイチゴ栽培を経験。
2021年に民間企業数社を経てセイコーステラに入社。コラム執筆、HP作成、農家往訪など多岐に従事。
2016年から現在まで日本大学生物資源科学部の社会人研究員としても活動し、自然環境に配慮した農業の研究に取り組む。研究分野は電解機能水農法など。近年はアーバスキュラー菌根菌を利用した野菜栽培の研究に着手する。
検定、資格は土壌医検定2級、書道師範など。