今回のコラムは、土壌リン酸に着目し、土壌リン酸と関係が深い菌根菌について解説したいと思います。
土壌リン酸の基礎知識
農業におけるリン酸(P)は17種類ある必須元素の一つであり、そのなかでも肥料三要素と呼ばれる窒素(N)とカリウム(K)に並ぶ重要な元素の位置づけになっています。植物に対するリン酸の主な働きは成長、根、開花など生育や収量に関与していることです。土壌へのリン酸の主な投与方法は肥料の場合は過リン酸石灰やリン酸アンモニウムなどが挙げられ、堆肥の場合は鶏糞や豚糞が挙げられます。リン酸アンモニウムは複合肥料であり窒素を含有していること、鶏糞や豚糞は土壌への分解が速く*熟成度の関連があることなど利用者や圃場状況によって使い分けが考慮されます。
リン酸は土壌の種類によって固定されやすさ**が異なっており、これを数値的に解りやすく評価するためにリン酸吸収係数という指標が設定されています。リン酸吸収係数はその係数が高いほどリン酸を多く固定することができ、火山灰土壌である黒ボク土が最も係数が高く、砂質土壌は係数が低くなる傾向にあります。一般的に黒ボク土は畑作に向いており、これはリン酸吸収係数が高く柔らかい土壌質のため農作物を栽培しやすく収量性に富むことが要因として挙げられます。一方で、リン酸吸収係数が高いが故にリン酸の過剰投与が懸念されており、さらに黒ボク土はアルミニウムを多く含む特徴があるためリン酸と結合してリン酸アルミニウムとなってしまうことがあります。リン酸アルミニウムは難溶性リン酸であるため水に溶けにくく植物にも吸収されにくいので、肥効を得るために次々と土壌へリン酸が投与され無駄遣いというべき状況が発生しています。
*牛糞と比較すると鶏糞や豚糞は分解が速いですが、化学肥料と比較すると分解が遅いことが一般的です。
**土壌がリン酸を吸着すること。
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土壌リン酸量に起因する植物のリン酸過剰症とリン酸欠乏症
リン酸に限らずですが、施肥量や土壌分析結果における有効態リン酸の多寡によって植物は過剰症や欠乏症を発症することがあります。これらの症状を発症すると植物は良好な生育ができなくなり、その影響のため病害虫に侵されやすくなるリスクが高まります。
<リン酸過剰症>
リン酸過剰症は植物によって現れる症状が異なっているようです。一例としてスイートピーの葉の白化症状が挙げられます。また、土壌のリン酸過剰は植物のカリウム吸収能低下を助長することがありリン酸過剰は植物に直接与える影響だけではなく間接的に他の栄養素の吸収抑制をすることが知られています。
<リン酸欠乏症>
リン酸の不足は成長、根、花など新しい細胞が作られる部分に影響を与えます。そのため生育や根の伸長が抑制し開花結実が悪くなるため収穫量が少なくなります。例としてリンゴ、ナシ、モモ、ブドウの葉の生育不良やイチゴの葉脈周辺部の赤紫色への変色症状が報告されています。
土壌へのリン酸過剰投与の要因
ここまでに既に触れていますが、土壌へのリン酸過剰投与の大きな要因はリン酸吸収係数が関係しています。また、土壌pH低下の対策が結果としてリン酸過剰投与に繋がってしまっています。
本章ではリン酸過剰投与の要因について解説したいと思います。
<黒ボク土の影響>
火山灰土壌である黒ボク土*は日本の土壌の凡そ20%を占めており、リン酸吸収係数が高く物理性が良いことから野菜や果樹など様々な品目の農作物が栽培されています。黒ボク土はリン酸の吸着性が高く、さらに黒ボク土に多く含まれているアルミニウムと結合してしまい難溶性リン酸化合物であるリン酸アルミニウムに変化することで、農作物に対するリン酸施用効果が現れにくくなるデメリットがあります。これを補うための対応の一つとしてリン酸質肥料を多めに土壌に投入することが過剰投与に繋がっているのです。
*黒ボク土:「黒くて歩くとボクボクする」ことに由来して命名されています。黒ボクグライ土、多湿黒ボク土、森林黒ボク土、非アロフェン質黒ボク土、黒ボク土の五つに分類されています。本コラムでは、とくに黒ボク土について取り上げて解説しています。
<土壌pHの影響>
基本的にリン酸は土壌pHの低下に伴って鉄、アルミニウム、マンガンの陽イオンと結合しやすい性質をもっており、とりわけ鉄、アルミニウム、マンガンと結合すると難溶性リン酸化合物となり植物に吸収されにくくなるためリン酸欠乏症の要因になってしまいます。では土壌の低pH化とはどの程度なのでしょうか。凡そpH6.0を下回る数値と考えて頂ければと思います。鉄、アルミニウム、マンガンはpH6.0を下回ると溶解性が増し、土壌から溶け出してしまいます。つまり、土壌pH6.0以下且つリン酸過剰土壌では植物に利用されにくい難溶性リン酸化合物増加の影響により植物の生育に反映されにくくなってしまうため、多めのリン酸投与によって施肥効果を得ようとすることが過剰投与の実態として現れているのです。
また、アルミニウムは植物に有害であり、鉄とマンガンは微量要素であるものの過剰量になると鉄過剰症とマンガン過剰症として植物に悪影響を与えます。土壌低pHは単に難溶性リン酸化合物による悪影響だけではないことに留意しなければなりません。
土壌リン酸と菌根菌の関係
糸状菌である菌根菌は土壌に生息している有用微生物です。菌根菌は植物の根に共生すると植物へリン酸供給をし、植物は光合成産物を菌根菌に与えます。このことは「相利共生」といい、菌根菌と植物はお互いに有益な関係性を築いていることがわかっています。菌根菌は外生菌根菌と内生菌根菌に分類されます。一般的に外生菌根菌はマツ科などの樹木に共生しキノコを作ります。内生菌根菌はアブラナ科やアカザ科など一部の植物を除く陸上植物の凡そ80%に共生します。とりわけ内生菌根菌はエリコイド菌根菌、アーブトイド菌根菌などに分類されますが、今回のコラムではアーバスキュラー菌根菌について紹介したいと思います。
アーバスキュラー菌根菌はどこの土壌にでも生息している菌根菌ですが、近年は農地からその姿が少なくなっているといわれています。大きな要因として二つ挙げると、一つはクロルピクリンによる土壌消毒、もう一つは土壌へのリン酸過剰投与が挙げられます。
クロルピクリンは作付け前に土壌に使用する化学農薬で、昆虫やセンチュウなどの土壌生物、萎黄病菌や炭疽病菌などの土壌微生物、植物の種など次作に影響度の高い様々な生物を取り除くことを目的に使用されています。このときアーバスキュラー菌根菌も一緒に取り除かれることで農地から減少しているといわれています。
リン酸の過剰投与とアーバスキュラー菌根菌の関係について、アーバスキュラー菌根菌はリン酸含量の高い土壌では活動が抑制されてしまうことがわかっています。逆に、リン酸含量の低い土壌では活発な活動を期待することができます。植物は土壌中のリン酸などの栄養分が少なくなるとストリゴラクトンという植物ホルモンを分泌します。アーバスキュラー菌根菌はストリゴラクトンを検知すると植物根と共生できるよう活動します。つまり、リン酸過剰が顕著な農地土壌では植物のストリゴラクトン分泌が抑制されるためアーバスキュラー菌根菌の活動も抑制されてしまう結果を招いてしまうのです。
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菌根菌の使い方
アーバスキュラー菌根菌は園芸資材として販売されており誰でも簡単に入手することができます。一般に販売されている多くのアーバスキュラー菌根菌資材は土へ混入するタイプです。最近は水和するタイプの菌根菌資材が販売されるようになり、効率よく簡単にアーバスキュラー菌根菌を使うことができるようになりました。
<水和タイプの菌根菌資材の使い方とメリット>
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使い方が簡単
水で希釈してジョウロや動噴などで灌水するだけで施用が完了できます。施用のタイミングは発芽後~定植期頃までの植物が若い時が目安施用時期です。菌根菌は植物の若い根に共生しやすいですが、移植や定植をするまでのなるべく幼苗の時に施用することが推奨されます。
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育苗期の施用で共生確率UP
菌根菌は細胞分裂が盛んな根端付近から共生を試みるといわれています。育苗期の植物は根を活発に伸長させる時期でありアーバスキュラー菌根菌が共生できる絶好のチャンスです。また、育苗はマットやポットで行うことが多いですが、限られた土壌スペースになるので圃場で施用するよりも根域が狭く、菌根菌希釈水が根に行き渡りやすいです。このタイミングに水和タイプを使用することで共生確率が格段に良くなります。
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菌根菌で未来の農業を考える
昨今世界的にリン酸肥料の枯渇が懸念されるようになってきました。日本においては、リン酸肥料を自給する能力は殆ど無く、中国とアメリカからの輸入に頼った供給態勢を維持しています。すぐにというわけではなさそうですが将来リン酸肥料の入手が困難になるかもしれません。このような状況下においてアーバスキュラー菌根菌ほど頼れる存在はそうそう見つかるものではないと思います。アーバスキュラー菌根菌を上手に利用して土壌リン酸からみた未来の農業を考えてみてはいかがでしょうか。
今回のコラムが読者さまの参考になれば幸いです。
コラム著者
小島 英幹
2012年に日本大学大学院生物資源科学研究科修士課程を修了後、2年間農家でイチゴ栽培を経験。
2021年に民間企業数社を経てセイコーステラに入社。コラム執筆、HP作成、農家往訪など多岐に従事。
2016年から現在まで日本大学生物資源科学部の社会人研究員としても活動し、自然環境に配慮した農業の研究に取り組む。研究分野は電解機能水農法など。近年はアーバスキュラー菌根菌を利用した野菜栽培の研究に着手する。
検定、資格は土壌医検定2級、書道師範など。