抑制栽培とは?
作物は市場に受け入れられる程度に成長した段階で収穫され出荷します。温度・湿度・日照などの自然環境の影響をダイレクトに受ける露地栽培においては、収穫のタイミングをコントロールすることができません。そのため、市場でのニーズが高い時期に作物を販売することが難しく農業経営が安定しません。そこで、温度・湿度・日照などを人工的に調節することで作物の成長を遅らせ(出荷時期を遅らせ)、商品価値を高めて販売するための栽培方法のことを抑制栽培といいます。生育環境をコントロールする必要があるため、ビニールハウスなどの施設栽培(温室栽培)で実施されていることもあります。植物の光に対する性質を生かした電照菊(愛知県)や、低温で良く成長する性質を生かした高原野菜(長野県・群馬県・山梨県など)が有名です。
菊の抑制栽培とは?
菊は市場のニーズが高まる時期が年に2回あります。年末から3月のお彼岸までと、8月のお盆から9月のお彼岸までです。一般に菊は自然環境において10~11月の秋に開花する秋菊です(6~7月に開花する夏菊や12~1月に開花する冬菊といった品種もあります)。秋菊は短日植物に分類され、日長(日照時間)が短くなり始めると花芽を形成するといった性質があります。短日を感じさせないために白熱電球や蛍光灯などを電照して生殖成長を抑えて栄養成長を促し、開花時期をコントロールするのが菊の抑制栽培です。このような開花調整の手法は、露地栽培でも施設栽培でも実施されています。
菊に暗期を感じさせた後に電照させるほうが、抑制効率が良いと考えられているため、23時~翌日4時の間に電照させる方法が一般的です。電照は育苗期からスタートし、定植後の消灯日まで実施します。消灯日は電照を終了させてから開花するまでの到花日数を逆算して決めます。一定期間、深夜の電照を行った後に消灯すると一斉に花芽分化が起こります。定植後の電照が遅れてしまうと花芽分化が起こってしまうことがありますので、定植前に電照設備を準備しておく必要があります。
菊の抑制栽培のメリットとデメリット
菊の抑制栽培のメリット
品質や収穫時期が安定する
慣行栽培では、温度や日照などの気候の変化により花芽分化のタイミングがずれて、品質や開花時期にばらつきが起こりやすくなりますが、抑制栽培では消灯のタイミングで開花時期を調整しますので、ばらつきが起こりにくいという特長があります。菊の品質が平準化すると管理や出荷作業が行いやすくなります。
生産計画が立てやすい
開花時期をコントロールできれば、収穫作業時のアルバイト雇用の計画が立てやすくなります。お金の出入りを管理しやすくなり安定した農業経営につながります。
収益構造の改善が期待できる
市場ニーズの多い時期に高い値段で売ることができるため、粗利益を多く得ることとなり収益構造の改善に結びつきます。
菊の抑制栽培のデメリット
設備投資や運営費が負担となる
電照させるための電気配線や電球などの設備が必要となり、設備の購入費が発生したり設置するための作業時間を設けたりする必要があります。またランニングコストとして電気代が発生します。
電照を適切に管理する必要がある
菊の品種によって光に対する反応は異なります。また白熱球・蛍光灯・ナトリウムランプ・LEDなど設置する電球の種類により光の特性も異なります。そのため、栽培する菊と設置する電球の特徴や相性を考慮して消灯までの期間を適切に管理する必要があります。
菊の抑制栽培を実施する際の注意点
適切な品種を選ぶ
電照による花芽抑制効果は品種によって異なります。一定の長日条件下で花芽分化が起こらない品種と、同じ条件では開花時期は遅れるものの花芽分化は進行する品種があります。抑制効果を受けやすい品種を選んだほうが栽培管理しやすくなります。
電照させる照明の特徴に気を付ける
白熱電球と蛍光灯やLED電球は光の特性が異なります。同じ分類の照明でも波長の出方に相異があるため照明を選ぶ際は注意が必要です。例えば、光の波長に380nm以下の紫外線が含まれていれば虫を引き寄せやすくなったり、菊の花芽分化抑制に効果の高いとされる620~640nmの波長が含まれていれば、効果的に抑制を実施することができたりします。また、LEDは蛍光灯に比べて距離が離れると急激に照度が低下するという特徴があるため、LED電球を採用する場合には、照明から照射させたい部分の距離について特に注意して設置する必要があります。白熱電球による電照菊の栽培方法は確立されていますが、蛍光灯やLED電球では未解明な部分もあるため、切替えにあたっては注意して進める必要がありそうです
気温にも留意する
菊の栽培に適した温度は15~20℃程度とされています。気温が低すぎると開花が抑制されたり、反対に高すぎたりすると開花が遅延したりします。電照だけでなく気温の管理も実施する必要があります。
適切な光源を利用し効率的な菊の抑制栽培を
自然環境に依存した栽培方法では、その年の気象条件により花芽形成や開花の時期を安定させることが難しくなります。市場ニーズの高い時期に、品質の優れた菊をいかに高単価で販売するかが安定した農業経営を実現するポイントとなるようです。白熱球を使った菊の抑制栽培は古くから実施されておりノウハウも確立されていますので、この知見をいかしてよりランニングコストの負担の少ない蛍光灯やLED電球へ切り替えをされてはいかがでしょうか。
参考資料:
・キクの開花調節へのLED・蛍光灯利用
(愛知県農業試験場)
・計画的な生産・出荷のための夏秋ギク栽培技術マニュアル
(福島県農業総合センター)
・キク電照栽培用 光源選定・導入のてびき
(農研機構)
コラム著者
キンコンバッキーくん
菌根菌由来の妖精。神奈川県藤沢市出身、2023年9月6日生まれ。普段は土の中で生活している。植物の根と共生し仲間を増やすことを目論んでいる。特技は狭い土の隙間でも菌糸を伸ばせること。身長は5マイクロメートルと小柄だが、リン酸を吸収する力は絶大。座右の銘は「No共生 NoLife」。苦手なものはクロルピクリンとカチカチの土。