ブドウの高温障害とは
高温障害とは、気温が一定の高温を超えることで農作物が正常に成長できなくなる状態のことです。現在、様々な農作物が温暖化の影響で高温障害に悩まされており、ブドウもその例外ではありません。まずは、ブドウの高温障害がどのようなものなのか、その症状や原因を確認しておきましょう。
高温障害とは
ブドウは、生育限界温度以上の暑さになることで、果実の実りが悪くなったり着色が悪くなったりすることがあります。このことを高温障害といいます。高温障害によってブドウには、次のような影響が現れる可能性があります。
- 発芽不良 ⇒ 発芽が遅れる、発芽率が低下する
- 着色不良・着色遅延 ⇒ 果皮の色付きが悪くなる、着色が遅れる
- 日焼け果 ⇒ 果実の表面が焼けて変色、斑点、裂果
- 障害果の発生 ⇒ 奇形果、縮果症、裂果、果肉軟化、糖度低下
これらの影響によって、ブドウは見た目だけでなく、味も悪くなってしまいます。ブドウの生育限界は品種や生育の時期によって異なりますが、大粒の品種や黒色、赤色の濃い色のブドウ(巨峰やピオーネなど)程、着色不良の影響を受けやすいとされています。
ブドウの主な高温障害
ブドウが栽培中に高温にさらされると、どのような障害が発生するのか、具体的に見ていきましょう。
発芽不良
ブドウは、発芽時期に高温にさらされると、過度に発芽が早くなることで、その後の生育に悪影響を与えてしまうことがあります。品種や栽培環境によって条件は異なりますが、例えばデラウェアでは、発芽期に高温にさらされると発芽率が低下したり、芽揃いが悪くなったりする上に、花穂が退化することがあります。それだけでなく、気候の変化に伴う冬季の高温によって、ブドウの休眠打破に必要な低温遭遇時間が減ってしまうために、発芽の不揃いや遅延といった問題が起こるのではという点も指摘されています。ブドウの発芽不良は、前年の栄養状態や病害虫、水分管理などの原因が複合的に絡み合って起こるため、高温障害だけが原因とは限りませんが、早すぎる春には注意をした方が良いでしょう。
着色不良・着色遅延
ブドウの着色不良・着色遅延は、特に赤や黒などの色の濃い品種で顕著に見られる現象です。この問題『顆粒の肥大や軟化や、糖分の増加、アントシアニンの合成などが起こり始めるベレゾーン期』に日中や夜間の気温が高くなることが主な原因のひとつになっています。気温からみたブドウ安芸クイーンの着色適地(広島県立農業技術センター)によれば、着色を促進する温度帯は18~24℃で、着色良好地ではこの温度帯に遭遇する時間が一日平均10時間以上であったと報告されています。ブドウは光合成で作られた糖を使って、主に夜間にアントシアニン色素を合成し、果皮に蓄積させます。しかし、気温が30°C以上に上昇すると、呼吸活動にエネルギーを多く使うようになって、着色に使えるエネルギー(アントシアニンを合成するエネルギー)が減ってしまうと考えられています。
品種によって高温の影響の受けやすさは異なります。例えば、赤色系品種の「安芸クイーン」は暑さの影響を受けやすく、緑色に近い果房になることがあります。紫黒色系品種でも、「巨峰」や「ピオーネ」は高温で着色不良になりやすいですが、「ブラックビート」や「ダークリッジ」は比較的暑さに強いとされています。
日焼け果(縮果障害)
強い日射や暑さによって日焼けや縮果が発生することがあります。果実の表面が焼けて変色したり褐色の斑点が現れたりして、症状が進むと果実に含まれる水が外に向かって蒸散することで顆粒がしぼんでしまいます。ブドウ果実の日焼けの主要因子と限界気温の分析によれば、レッドグローブの日焼けを誘発する限界気温は、42.0~42.8℃(平均42.3℃)であり、同じ光および気温条件では高い相対湿度が果実の日焼けを促進したと報告されています。日焼け果の症状は、軽度の果皮変色から重度の果皮裂開や果肉褐変まで様々です。「傘をしているから大丈夫」ではなく、ハウス全体の温度管理が非常に重要といえます。縮果の発生原因は未だはっきりとしておらず、水分の不均衡やジベレリン処理が原因でないかとする考 察もあります。
その他、生理障害(糖度低下、果肉軟化など)
ブドウは、一度でも生育限界温度にさらされると、奇形果・果肉軟化・糖度低下などの障害発生のリスクが高くなると考えられています。生育限界温度は、品種や生育ステージ、環境などにより異なります。島根県農業技術センターによれば、デラウェアは40℃以上の高温に遭遇すると障害が発生する恐れがあり、一時的にも40℃にならないように温度管理を実施する必要があります。高温環境では、ブドウの光合成産物の転流阻害や、呼吸量の増加によって果実への糖の蓄積が減ってしまうために起こります。これらの障害は、高温なだけでなく、乾燥や日射などのストレスが組み合わさることでより発生しやすくなります。そのため、予防するには複合的な対策が必要となります。
高温障害の影響
ブドウの栽培で、実際、上記のような高温障害による影響はどれくらいなのでしょうか?右記は農林水産省が公開している、ブドウの栽培地域の移り変わり予想のマップです。平均で2度平均気温が上がるとされている2031年~2050年には、現在栽培されているブドウだけでも、下記のように多くの地域で高温障害による着色不良が起こると予測しています。
筆者が少し不思議に思うこととしては、過去と比べて着色不良がどの程度増えているのか統計が見つからないということです。例えば気象庁の気温の統計を見ると、ブドウの産地である勝沼では、1980年頃から温度はやや上昇傾向にあります。この時期から比べてどの程度着色不良が増加しているかデータがあると確実な将来予測になると考えます。単純に温度が上がれば高温障害が増えるだろうという理屈で通れば、二酸化炭素濃度の増加により作物の増収や品質向上が起こるという予測も立てられることになってしまいます。
画像:農林水産省
ブドウの着色不良・着色遅延を防ぐ対策
ブドウは、適切な気温下で日光をたっぷりと浴びることでアントシアニンを生成します。そのため、ブドウの着色不良対策では、高温環境にならないような温度管理だけでなく、ブドウに日光を届かせる環境づくりも重要となります。また、栽培管理技術や最新の技術によってブドウの着色を促進する方法もあります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
夕方の潅水作業
ブドウの高温障害による着色不良・着色遅延は、夜間の暑さが主な原因です。その原因を取り除くために、夕方の潅水作業や換気によって夜間の気温上昇を防ぐことが有用です。高温乾燥期の夕方灌水によるブドウ「ピオーネ」の品質向上(兵庫県立農林水産技術センター)によれば、梅雨明け後の予想最高気温が30℃以上となる晴天日に、17~18時頃からマイクロスプリンクラー等で夕方に潅水することにより、着色促進などの品質が向上することを明らかにしたと報告されています。ただし、 過度の潅水は裂果や病気に繋がる可能性もあるため、注意が必要です。マイクロスプリンクラーや点滴潅水を使用すると、それらのリスクを下げつつ夜間の気温上昇を抑制することができるでしょう。夜間は25℃以上にならないよう、モニタリングにも注意を払うようにしてください。
日当たりの改善
ブドウは、夜間だけでなく日中の気温が高すぎても着色物質のアントシアニンが分泌されず、着色されにくくなってしまいます。そのため、日中の気温コントロールでは、後でお伝えする遮光性のある素材で覆い日陰を作るという対策が有効とされています。しかし、こういった高温障害対策をした場合、太陽の光量が減ってしまうことでアントシアニンの分泌が悪くなってしまうことがあります。そこで有効なのが、過剰な枝葉の切除や棚仕立てを行うことです。特に果房周辺の葉を適切に管理することで、日当たりと風通しを良くなり、うどん粉病などの病気を防ぐことが可能です。充分な太陽光を浴びることは、アントシアニン合成だけでなく養分の生成にも繋がります。ブドウの糖度を高めるためにも、光量には注意しましょう。光量が不足している場合は、光反射シートを敷設すると、太陽の光が地上からも反射して果房にあたるため、着色不良を低減させる効果が期待できます。
現在、現場ではあまり普及していない技術ですが、ブドウ「ピオーネ」果房への夜間のLED光近接照射による果皮色向上(農研機構)によれば、テープ状のLED資材を用いて果房へ光を近接照射すると、アントシアニン含量が増え着色不良対策になるのではないかと報告されています。
着果量の調整
高温障害では、ブドウ1つに行き渡る栄養素が不足しやすくなることで着色不良や障害果が発生しやすくなります。そのため、着果量の調整によってブドウ1本あたりの着果量を減らすことはとても有用な対策です。農業生産における気候変動適応ガイド|ぶどう 編(農林水産省)によれば、ピオーネや安芸クイーンなどの着色不良対策として、着果量の軽減と環状剥皮を実施しているとのことです。
着果量の調整は、「芽かき」「摘房」「摘粒」があり、それぞれ適切な時期に作業を行うことが重要です。作業内容は次の通りです。あくまでも目安になり、栽培品種や環境、樹勢などにより異なりますので、株の状況を見ながら実践してください。
作業名 | 作業内容 |
---|---|
芽かき | 栄養を主枝に届けやすくするために不要なわき芽や弱い新梢を中心に取り除く作業で、通常3回に分けて行われます。強い新梢や花穂の有無を判断するためにも、適切な時期での作業が重要です。 |
摘房 | ブドウの房を一部取り除く作業で、開花する前の5月頃と、満開後15日くらいして実止まりが決まる時期に行います。 |
摘粒 | 摘粒は、ブドウの房から余分な果粒を取り除いて果粒数を調整する作業で、3回に分けて行います。ブドウ1房の粒数は、小粒種では80〜100粒、中粒種では50〜60粒、大粒種では30〜40粒が目安です。 |
これらは、ブドウ栽培ではそもそも重要な工程ですが、ブドウの高温障害対策でも非常に重要となります。それぞれのブドウの様子を見ながら行うようにしましょう。
環状剥皮処理
環状剥皮処理も、ブドウ1つに行き渡る栄養素を増やすのに重要な対策です。この作業を行えば、葉で作られた養分が根の方に降りるのを遮ることができ、養分を枝葉に蓄積させることができます。上記の着果量調整と併用することで、より効果的に糖度が高く美しい着色のブドウを実らせる効果が期待できます。ブドウ「ピオーネ」における環状剥皮処理時期の違いが翌年の花穂着生に及ぼす影響(宮崎県総合農業試験場)によれば、満開後30日〜50日頃に環状剥皮処理を主幹部へ施すと着色が向上したと報告されています。一般的な環状剥皮処理は次の通りです。
1. 準備
まずは、下記のアイテムを用意します。
• 環状はく皮ナイフ
• テープや紐(幅5mm程度)
• マイナスドライバー
• 剥皮部分を覆う用のテープ
2. ガイドラインの設置
主枝や太い枝に、幅5mm程度のテープや紐を巻き付け、まっすぐ切れるようにガイドラインを設置します。
3. 切り込み
環状はく皮ナイフで、ガイドラインに沿って一周切り込みを入れます。刃は2mm程度入れるくらいがベストです。
4.皮の剥離
マイナスドライバーで、切り込みを入れた部分の皮を慎重に剥がします。内側の白い部分(師部)まで完全に剥がすようにしてください。処理幅は5mm程度で十分ですが、一部でも繋がっていると効果が薄れてしまうため、注意しましょう。
5.処理後の対応
剥皮部分を乾燥から守り、害虫対策のためにテープなどで被覆します。環状剥皮処理はブドウの着色不良や着色遅延に非常に効果的な手法ですが、連年施用は樹勢に影響してしまう可能性があります。また癒合部には病害虫が入りやすくなるといったデメリットもあります。昨年行った樹木には行わず、別の対策方法を活用しましょう。
肥料や着色促進剤
ブドウの着色が悪い場合、肥料の見直しが効果的に働くことがあります。マンガンが不足していたり、土壌のpHが高い(アルカリ性に傾いている)場合に、根からマンガンを吸収できなかったりすると、未着色粒が残るゴマシオ症を発症するリスクが高くなります。その場合は葉面散布などの追肥を行っても良いでしょう。ただし、与えすぎは逆効果に繋がることもあるため、注意が必要です。
また、着色促進剤の利用も効果的です。ブドウの着色にはアブサップ液剤という農薬が有用とされています。こちらは住友化学が開発した農薬で、アブシシン酸(ABA)という天然物由来の植物ホルモンによってアントシアニンの生成を促進するものです。ブドウに直接散布することになるため、ピンポイントで使用することが可能です。使用時期の目安としては、果実の数粒に色が入った時期とされているため、着色遅延が起きてからの対策にとても有用な手段となるでしょう。
収穫後のブドウの着色改善技術⁉
上記のような対策を行っても、まだブドウの着色不良が起こってしまった場合は、ブドウの品質低下によって収益が大幅に減ってしまうことになります。それに歯止めをかけられる方法として、農研機構で最新技術果実発色促進装置が紹介されています。48時間ほど特定の波長の光を照射することで、果皮の色素形成を促進させるとともに、適切な温度条件下で果実を保管すると、収穫後の黒系ブドウ品種の色付けを行うことができると報告されています。
ブドウの糖度の変化についての言及はありませんが、着色があるだけでもブドウの収益は大きく変わる可能性があります。温暖化によるブドウへの影響で、最も心配されているのが着色不良です。さまざまな栽培方法や対策グッズ、最新技術を組み合わせることで乗り越えていきましょう。
日焼け果・障害果を防ぐ対策
ブドウの高温障害は、着色不良だけでなく、日焼け果や障害果も引き起こします。特に、日焼け果は50℃以上の気温で果実の温度が35℃以上になった際に起こりやすいとする考え方が一般的です。デラウェアの生育限界温度(島根農業試験場)によれば、生育ステージや湿度なども影響しますが、着色果における生育限界温度(高温)は40℃程度のようです。
生育適温(℃) | 生育限界温度(℃/hr) | 湿度(%) | |||
---|---|---|---|---|---|
昼 | 夜 | 高温 | 低温 | ||
被覆後 | 20~25 | 8~10 | 48/5 | -9/16 | 80~90 |
催芽期 | 20~25 | 13~14 | 45/5 | -5/16 | 80~90 |
発芽期 | 25~28 | 17~18 | 40/5 | -3/1 | 60~70 |
展葉期~伸長初期 | 23~25 | 15~17 | 40~45/5 | -1/1 | 60~70 |
開花直前 | 25~28 | 16~18 | – | – | 50 |
開花期 | 25~28 | 17~18 | 45/1~ | -1/0.5 | 50 |
果粒肥大期 | 25~28 | 18~20 | 40/1以下 | -1~-3/1 | 50~60 |
着色始め | 25~28 | 16 | 40/1~ | -1~-3/1 | – |
成熟期 | 25~28 | 16~18 | 40/5 | -1~-3/1 | – |
「デラウェア」の生育限界温度(島根県農業試験場1975~1979)より抜粋
「さすがに50度以上にはならないだろう」と思っていても、直射日光を浴びることで簡単にブドウ(特に黒系)の表面温度は超えてしまいます。そのため、これらの対策には、直射日光を防ぐ方法が非常に重要になります。その対策方法について、詳しく見ていきましょう。
ブドウ傘・ブドウ袋
ブドウの日焼け果や障害果を防ぐためには、傘や袋を掛ける方法が効果的です。傘や袋で果房を直射日光から守り、暑さや強い日射による果実の日焼けを防ぎます。一般にクラフト紙、純白ロール紙にパラフィンワックス加工を施したロー引き紙、ポリエチレンなどの素材で作られています。赤系・黒系(巨峰やピオーネなど)用、青系(シャインマスカット)用で種類が異なり遮光率や仕様がさまざまです。黒とう病やべと病など雨水により伝染する病害を防ぐ効果も期待できますが、薬散が不要になるというわけではありません。果実が濡れた状態で袋掛けをすると、病気が発生しやすくなりますので、乾いた状態で実施するようにしてください。果実袋には、通気性と撥水性に特化したタイプもあり、高温障害対策になります。また、中の様子を確認できる「窓付き果実袋」も生育状態を確認しながら育てることができて良いでしょう。
ブドウ傘やブドウ袋は、直射日光が当たりすぎると高温が原因で日焼け果を発生しやすい品種には有効な手段ですが、ずっとつけっぱなしだと着色に遅れが出てしまう可能性があります。着色系の品種に遮光率の高い傘や袋を使った場合には、着色開始直前に外して着色を促進させる必要があります。
これらの対策は、日焼け防止や障害果の予防に効果的ですが、極端な高温年ではこれらの対策だけでは不十分な場合もあるため、他の対策も組み合わせて行うようにしましょう。
水管理の徹底
ブドウは、生育ステージや気候条件によって必要な水分量が異なりますが、水ストレスは、ブドウの生育を阻害するだけでなく、高温障害のリスクを高める要因となります。ブドウは高温期には、特に水ストレスを受けやすいため、適切な水管理が重要となります。ブドウの水管理には、土壌水分計を用いれば土壌中の水分量をリアルタイムで把握できて便利です。ブドウが必要とする水分量を適切に判断し、水やりのタイミングや量を調整してあげましょう。また、ブドウの根元に直接水を供給する灌漑方法である「点滴灌漑」や、土壌表面をビニールや藁などで覆う「マルチング」も効果的です。
夏季の高温・少雨に係る技術対策(山口県農林水産部)によれば、高温・乾燥によるブドウの着色不良や果実軟化、脱粒の発生に関して潅水についての以下の対策を紹介していますので参考にしてみてください。
- 園内の雑草を刈り取り、敷き草をして水分の蒸散、地温上昇を抑制する
- 用水確保が厳しい条件では、たこつぼかん注等の局所かん水を行う
- 幼木園、南西向き傾斜地、耕土の浅い所では、かん水間隔を短縮して重点的にかん水する
- 薬剤散布は、日中の高温時を避け早朝または夕方に実施する
- 無降雨日が7~10日続く場合は、10日間隔で20~30mm程度のかん水を行い、用水が不足する場合は1樹あたり100リットルの局所かん水を行う
- 裂果防止のため、収穫直前のかん水は1回の量を減らし、間隔を短くして行う
- 樹勢が弱っている場合は、着果量の見直しを図る
- 果実軟化、脱粒の発生に注意し、適期収穫を徹底する
- 収穫が終了した園では、礼肥施用とかん水を行う
「高温にならない環境づくり」という対策方法
上記のように、ブドウの高温障害はそれぞれの症状によって対策することが重要です。そもそも高温障害は、ブドウの生育に適さないほど暑い環境下であることから起こる障害のこと。暑くなりすぎない環境を作ってあげられれば、高温障害で起こるすべての症状へアプローチすることができるでしょう。
ハウス栽培での換気改善
ハウス栽培でのブドウの高温障害を考えた場合、一番に取り組みたいのが「換気」です。日中のハウス内は太陽光の影響で急激に温度が上昇しますが、そのまま夜間も高温が続いてしまうと着色不良になりやすくなってしまいます。側窓を開けることで換気を行うことも可能ですが、こもってしまった熱を排気するためには換気扇や循環扇の使用が効果的です。換気扇や循環扇には電動のものもありますが、導入費用や維持費が高くなってしまうことがネックです。
遮光対策
ブドウの栽培には太陽光が必須ですが、強すぎる日差しはハウス全体の気温を上げてしまう上に日焼け果や着色不良、また光合成に大切な葉焼けの原因となってしまいます。そのため、特に高温期には遮光対策が重要です。
一般にブドウの場合、遮光ネットや寒冷紗は20〜50%の遮光率のものが適しているとされています。品種や栽培環境、そしてその年の日照状況によっても適切な遮光率は異なりますので、強い日差しから果実を守りつつ、必要な光合成を確保できる遮光率を選ぶようにしましょう。また、適度な通気性も重要なため、網目の粗さも考慮するようにしてください。可動タイプのものを選ぶと、日光不足の際に取り払うこともできるので便利です。高密度ポリエチレン(HDPE)やポリプロピレン(PP)など、軽くて丈夫な素材だと、こういった調整も行いやすくなります。前述したようなブドウ傘やブドウ袋などの対策もあわせて行うことで、ブドウを日焼けから守りやすくなります。コストは高くなりますが、天候に合わせて開閉作業を行える内張りカーテンタイプを選択するという方法もあります。
ビニールハウスやガラスハウスを遮光する資材としては、遮光剤を塗布する方法もあります。液状の塗料を吹き付けるだけで、光の侵入を抑制してハウス内の温度上昇を抑えます。内張りカーテンとは異なり天気にあわせた開閉ができないため、曇天が多いシーズンでは日照不足の影響が出やすい点はデメリットです。
高温対策によるハウスブドウの品質向上(福井県園芸研究センター)によれば、遮光剤をガラスハウスの屋根部分に塗布したところ、内部の気温は無塗布のハウスに比べて5℃程度低くなったと報告されています。また、同資料によると、7月上旬から樹冠上部に遮光率25~30%の寒冷紗を展張したところ、果実品質に大きな影響を与えず、葉焼けを緩和したと報告されています。
細霧散水(気化熱利用技術)
細霧散水は、ハウス栽培などでよく用いられる方法で、細かい霧状の水を散布することで、蒸発による気化熱で周囲の温度を下げる効果があります。また、葉の表面の温度を下げることで、蒸散を抑えて水ストレスを軽減する効果もあります。散水設備の導入コストがかかりますが、ハウスの気温を下げるには細霧散水も効果的です。
ハウス内の高温抑制に非常に効果的な方法ですが、過度の散水は反対に湿度が上昇し水が気化しにくく冷却効果が得られないことがあります。加えて過度な湿度は病害の発生リスクを高めることとなります。換気の環境が不十分な場合は、湿度過多となりやすいため、換気扇や循環扇を稼働させたり、天窓や側窓の換気を十分に行ったりするなど注意する必要があります。
ブドウ‘紅伊豆’における細霧散水による日焼け果の発生軽減(滋賀県農業技術振興センター)によれば、梅雨明け後から9~15時で気温31~36℃以上の時に、1時間ごとに5分間の細霧散水を実施すると、日焼け果の発生を軽減することができ、加えて果皮色が向上すると報告されています。一方、高糖度は維持できるものの、やや低くなる傾向があるようです。
高温障害に強いブドウに変更するという対策も
ブドウの高温障害対策として、栽培品種を変えることも有効な手段です。高温障害に強い品種、あるいは従来の品種よりも高温耐性を持つように品種改良されたブドウを選ぶことで、高温による被害を軽減し、安定した収穫と品質の維持ができるかもしれません。
高温障害に強いとして、今特に注目を浴びている品種がグロースクローネです。高温でも容易に着色する極大粒のブドウ新品種「グロースクローネ」(農研機構)によれば、グロースクローネは、藤稔(ふじみのり)と安芸クイーンを交配させて育成した品種で、中部地方以西の西南暖地において「巨峰」や「ピオーネ」より優れた着色が得られていると報告されています。つまり、巨峰やピオーネが着色不良となってしまう地域でも大粒で糖度の高い黒系ブドウを育てることができる可能性があるというわけです。
そのほかにも、紫黒色系品種ではブラックビートやダークリッジ、藤稔(ふじみのり)、紫玉(しぎょく)など、赤色系品種はクイーンニーナ、陽峰などが暑さに強い品種で高温環境でも着色不良が発生しにくいとされています。
また、近年では裂果や日焼けが少ないシャインマスカットも人気の品種です。農業総合研究所のデータによると、2023年のシャインマスカットの取り扱いは前年比で228.2%増加、2024年は前年比147.9%増加しているとされています。シャインマスカットは多雨だと裂果になりやすいですが、夏場の高温と日差しの強さで糖度が上がるという特徴があるため、特にここ10年程で取り扱う栽培家が増えていると言われています。
高温障害になりにくいブドウを選ぶ場合は、栽培環境が合っているのかやブドウの特徴を考慮することが重要ですが、どの品種が人気なのかも併せてリサーチするようにしたいですね。栽培の難易度も違いますので、その点も含めて検討すると良いでしょう。
空動扇/空動扇SOLARは、電気を使わず風の力や太陽の力で自動的に空気を循環させる換気扇です。天井につけることで天頂部こもりがちな熱気を外へ排出し、ハウス側面から涼しい空気を吸い上げ、ハウス全体の気温を下げることができます。ハウス内の熱だまりがなくなることで、ブドウ栽培に適切な気温を保ちやすくなるという効果が期待できます。電力を使用しないため、導入に際しての配線工事は不要となり、ランニングコストもかかりません。温度変化の影響で内部の形状記憶スプリングが伸縮し、設定温度になると自動的に開閉するため、手間のかかる換気作業の省力化につながります。
てるてるをブドウの下に敷いておけば、光の拡散によって葉裏や樹の陰面に太陽光を届けることができ、天候不順な年でもブドウの着色を促進させる効果が期待できます。太陽光を乱反射する機能を持っており、時間の経過とともに変わる太陽の光の角度の影響を受けにくいという特長があります。果実の色づきを促進したり、色ムラを予防するといった効果が期待できます。また、熱の吸収率が非常に低い素材なので、地温を抑制するなどハウス内の気温上昇も防ぐことができます。光はしっかり反射しますが、シルバー素材のように眩しくないので、効率を落とすことなく作業できるのもポイントです。
まとめ
近年の平均気温の上昇により、農作物の生育に悪影響を及ぼす高温障害が話題に上がることが多くなりました。ブドウの場合、高温障害で発芽不良や着色不良(着色遅延)、日焼け、障害果(裂果や奇形、縮果症など)といった症状が現れることがあります。糖度や品質の低下、収量の低下などで収益の減少に頭を悩ませている栽培農家の方も少なくありません。
今回は、そのようなブドウの高温障害対策を、高温を防ぐ方法から着色を進める方法や日焼けを防ぐ方法まで、最新の研究を参考にしながら包括的にお伝えしました。栽培環境を整えることは、ブドウの高温障害を予防するだけでなく、品質の向上にも繋がります。現在はブドウの着色不良を解消する最新技術も生み出されているため、自分の農園に合った方法を導入して持続可能なブドウ栽培を行っていきましょう。高温障害対策は、単独の方法では効果が得られにくい可能性があるため、いくつかの方法を複合的に採用して取り組むと良いと思います。
参考資料:
・農業生産における気候変動適応ガイド ぶどう編(農林水産省)
・夏季の高温・少雨に係る技術対策(山口県農林水産部)
・高温対策によるハウスブドウの品質向上」(福井県園芸研究センター)
コラム著者
セイコーエコロジア編集部
農家さんのお困りごとに関するコラムを定期的に配信しています。取り上げて欲しいテーマやトピックがありましたら、お知らせください。