ビニールハウス栽培のデメリット
施設栽培では、密閉性の影響で「温湿度の部分的な偏り」「結露」「空気の滞留」などが発生しやすくなります。これらは、作物の生育トラブルや病害虫の温床になります。また、空気の滞留は植物の光合成や蒸散の速度が低下することがわかっており、生育に悪い影響を与えます。
ビニールハウス栽培における循環扇の役割
ビニールハウスの中では空気が動くことで、水蒸気やCO₂、熱が偏らずに行き渡り、作物にとって安定した環境が保たれます。空気が動かないと、室内の環境に偏りが生じ、結露や病害の発生リスクが高まるだけでなく、作物の生育にばらつきが出やすくなります。循環扇は、温室内の空気を均一に循環させることで、ムラを抑え、病害リスクの低減と生育環境の安定化、さらには省エネに貢献する装置です。
湿度を軽減し病害を抑制する
換気設備を閉じる(特に冬季には加温設備を使用するため)と、気流が小さくなりハウス内の空気が停滞し低温・多湿になりやすくなります。また、ハウスの内外の温度差が大きくなると結露やボタ落ちの発生を招きます。これらは、作物の表面に濡れを生じさせる原因となり、病害の発生を助長します。循環扇が有効に活用しハウス内に適切な気流を作ることができれば、作物に余分な水滴が残りにくくなり、好湿性菌による病気の発生を抑える効果が期待できます。
循環扇を用いた送風処理が促成トマトの病害発生と生育・収量に及ぼす影響(広島県立農業技術センター)によれば、循環扇の送風によりトマトの葉や果実の表面に結露がつきにくくなり、灰色カビ病の発生を抑える効果があることが報告されています。
関連コラム:ビニールハウスで発生する結露水の影響と対策について
ムラを抑えて品質や収穫時期を平準化する
ビニールハウスには換気扇やサイドの開閉など、空気を入れ替える仕組みが備わっていますが、ハウスの中央部や隅には渦流が生じ、空気が滞留しやすくなると考えられています。また、暖房機や二酸化炭素(CO₂)施用機は、設置場所からの距離によって差が大きくなる傾向があります。このような場合に循環扇を使ってハウス内の空気を強制的に動かすことで、対流がおこりムラが少なくなり、作物の品質や収穫時期が平準化する効果が期待できます。
夏の高温対策・暑熱対策に
夏になるとハウスの天井部に熱だまりが生じます。丁度、人の頭の位置に熱だまりが発生し作業の効率を低下させます。温室内の空気を循環させることにより、温度の偏りを是正し、夏場の局所的な高温化を緩和する効果が期待できます。
関連コラム:ビニールハウスの暑さ対策|ハウス内の温度を下げる方法と熱中症対策を解説
冬のハウスの加温を効率的に
温室内に温度ムラが生じると、農作物の生育に悪影響を与えるだけでなく、必要以上の加温が行われ、燃料消費量の増加を招きます。循環扇を用いることで、暖房機から発生した熱が緩やかに温室全体へ行き渡り、水平方向の気温差が小さくなるとともに、上下方向の温度差も抑えられます。温度ムラが軽減されると省エネ効果として、電気代の節約につながることがあります。
生育を停滞させないという効果も?
植物の葉のまわりには、目に見えない「葉面境界線」という空気の膜ができます。この膜は、葉の表面の空気がほとんど動かない状態で発生し、風が弱いと膜が厚くなり光合成や蒸散を阻害するとされています。循環扇を活用して、ハウス内に風を流すことで、葉面境界線が厚くならず、作物の成長を停滞させないという効果があるかもしれません。
循環扇の種類と特徴を押さえる
水平式と垂直式の違い
循環扇は風が横方向に排出させるように設置する方式が一般的ですが、大規模な施設では風が垂直方向へ流れるように設置する方法が採用されています。水平式ファンは風の到達距離が比較的長く、ハウス内の広範囲を効率的にカバーします。一方、垂直式は一部の範囲には強い風を起こしやすい反面、カバーできる範囲が狭くなることもあります。そのため、ハウスの形状やサイズに応じて使い分けることが大切です。
風量や到達距離の違い
到達距離とは、循環扇から吹き出された風が、実用的な風速を維持したまま到達できる距離を指します。一般的に循環扇のカタログには「0.3 m/s 50m」「0.5m/s 30m」などと表示され、これは1秒あたりに空気が移動するスピートと到達する距離を示しています。施設内の空気の移動について、どれぐらいが適切なのか示す資料が少ないのですが、温室内の気流・気温分布を改善するための循環扇の制御手法(農研機構) によれば「植物の葉とその周囲の環境との間では、エネルギー、水分、炭酸ガスなどの交換が行われるが、これらの物質交換を促すためには0.3~0.5m/sの気流速が必要である」と報告されています。
換気扇との違い
換気扇を循環扇の代用として温室内に設置している例も見られますが、ファンの構造が違うため循環扇としての用途には適していません。換気扇は大量生産されているため循環扇に比べて安価な場合がありますが、風量が小さく到達距離も短いため、温室内の空気を十分に循環させることは困難です。
単相100Vと三相200Vの違い
循環扇を導入する際、単相100Vと三相200Vのどちらの電源を確保できるかは大きなポイントです。手軽に接続できる単相100Vが好まれる場合もありますが、大型ファンや複数台を使う場合は三相200V対応の電源を使用することで、ファンへの負荷が均一になり、安定稼働しやすくなります。また、電気代の面でも三相200Vのほうが効率的なケースがあります。導入規模や既存の電気設備を考慮しながら検討することが重要です。電気工事費用も見込んだ上で、最適なタイプを選択しましょう。
循環扇を設置する際のポイント
ハウス内の対流を意識して設置する
ハウス内では温められた空気が上昇し、天井付近にたまるため、空気のムラが発生しやすくなります。ムラを解消するためには、ハウス内で気流の対流を促進する必要があります。循環扇を設置する際は、風の到達距離を参考にして、適切な間隔で配置することが求められます。循環扇から遠くなるにつれて気流は弱まるため、均一な気流を作り出すには、適切な位置に設置することが必要です。一般的な循環扇の風の到達距離は25~40m程度ですが、循環扇の風が次の循環扇に届かないと、効果的な気流が作り出せません。
また、連棟ハウスや広い間口を持つハウスでは、複数の気流を作るために循環扇を工夫して配置すると、ムラを抑える効果が高くなります。循環扇の設置間隔は、製品のカタログに記載されている風の到達距離を参考に設定します。温室内の気流の流れを確認するには、線香の煙を利用した観察法が効果的です。
作物に直接風が当たらない位置に設置する
循環扇の設置は吊り下げたり、台の上に置いたりする方法が一般的ですが、強い風があたると生育に悪影響を与える場合があるため、設置位置は作物との距離が重要です。風量の過剰な設定やファンの向き次第では作物に悪影響を与えますので、作物に直接風が当たる位置には設置しないようにすることが推奨されています。
騒音対策として動作音に注意する
ハウスが住宅地に隣接している場合は、循環扇の稼働音にも配慮しなければなりません。特に夏場は夜温を下げるために、夜にも稼働させたいケースがありますが、近隣にお住まいの方からモーター音の苦情が入れば使うことができなくなってしまいます。このような場合は、静音性に優れたモデルを選ぶ必要が出てきます。導入前にファンの動作音を確認しておくと安心です。
電気工事の注意点
実際に循環扇を導入する際、電気工事や作物への影響など、安全面や効果面で留意すべきことがあります。循環扇の設置には電源が不可欠であり、特に三相200Vを使う場合は専門的な電気工事が必要になります。農家さんは器用な方が多くDIYで電気工事ができてしまう方がいらっしゃいますが、誤った配線や保護機器の未設置は、火災や感電のリスクを高めるため、必ず信頼できる業者や専門家に依頼しましょう。
制御盤やサーモスタットの活用
循環扇の動作を適切に制御するためには、制御盤とサーモスタットの導入が効果的です。サーモスタットを使えば設定した温度以上になると自動でファンが作動するなど、作物に負担をかけにくい運転が可能になります。制御盤を設置することで、安全装置やブレーカを通じて電圧や電流を安定させ、機器トラブルを防ぐことができます。特に三相200V対応の扇風機を複数稼働させる場合は、制御の信頼性を高めるために欠かせません。
ビニールハウスの換気におすすめ|空動扇&空動扇SOLAR
循環扇とは役割は異なりますが、ハウス内の環境をよりよくするためにおすすめしたいのが空動扇です。空動扇はビニールハウスの天井部に対流する熱だまりを排出する効果が期待できます。風や太陽光の力で駆動するため、電気工事が不要という点も導入しやすいポイントです。内蔵されている形状記憶スプリングが温度によって伸縮し、設定温度(約0~40℃)によって換気弁が開閉するため、一度設定してしまえばあとは自動的に換気を行ってくれます。特に高温多湿の夏場や、病害虫の繁殖を抑えたい時期には、積極的に空気を排出して外気を取り入れることで、ハウス内の環境を健全に維持できます。作物に熱がこもりにくくなるため、高温障害のリスク低減にもつながる可能性があります。
循環扇の導入でビニールハウスづくりを最適化
ビニールハウスは、高品質な作物を安定的に生産するための設備として機能的に進化を続けていますが、密閉環境という特性上、温度や湿度の偏りによるトラブルが起こりがちです。循環扇の導入は、こうした問題を軽減し、作物の生育環境を最適化するうえで極めて有効な手段といえ、ビニールハウスの空気環境を安定させることで、質の高い作物づくりと効率的な農業経営が可能になります。
参考資料:
・循環扇を用いた送風処理が促成トマトの病害発生と生育・終了に及ぼす影響(広島県農業技術センター)
・施設園芸 省エネルギー生産管理マニュアル(農林水産省生産局)
コラム著者
セイコーステラ 代表取締役 武藤 俊平
株式会社セイコーステラ 代表取締役。農家さんのお困りごとに関するコラムを定期的に配信しています。取り上げて欲しいテーマやトピックがありましたら、お知らせください。





