バラが病気・害虫に侵されやすくなったのはバラの品種改良が原因?
美しく世界中で愛されているバラは、例外なく日本でも人気の高い花です。古くはギリシャ・ローマの時代から愛好されていましたが、いわゆる現代バラの歴史は短く、200年にも満たない歴史しかありません。私たちが身近に鑑賞している品種は、第二次世界大戦後に世界中で行われてきた品種改良によって生み出されたものが多数を占めています。バラの品種はとても多く、日本の市場に入荷されている品種は1900種ほどと言われており、流通本数は2.5億本になります。バラは海外からの輸入が多い品目でもあり、およそ0.6億本が主にインド・韓国・ケニア・コロンビアから輸入されています。因みに、国内で最も流通本数の多いキクは国内産がおよそ15億本、輸入ものがおよそ3.4億本で、市場に入荷されている品種は3900種ほどと言われています。
これほど多くの品種が生み出されてきた背景にはバラの美しさを追求してきたことに他なりませんが、その反面、病害虫に侵されやすい品種になってしまったとも言えます。ヨーロッパやアメリカの地中海性気候の生産地は、開花期は温暖であり雨も少なく乾燥しているため病気になりにくいと言われています。しかし日本は多雨・多湿の温暖湿潤気候です。多様な品種と気候が相まって病気と害虫に侵されやすくなっており、露地栽培では黒星病やウドンコ病などの病気やヨトウムシなどの害虫が発生します。施設栽培は年間を通して収穫できるメリットがありますが、ウドンコ病や灰色カビ病などの病気に侵されやすく、暖かくなってくる春先から夏にかけてハダニやアザミウマなどの害虫被害が増加してきます。
以下の章からはバラ栽培で発生する病気と害虫について解説していきます。
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バラの病気:黒星病、ウドンコ病、灰色カビ病
日本各地には様々なバラの品種を鑑賞できるローズガーデンがあり、多くは露地で栽培されています。一方、切り花で出荷する目的のバラはハウスでのロックウール栽培が主流となっています。バラの場合、露地栽培と施設栽培では主要となる病気が少し変わってきます。例えば、露地栽培ではべト病や灰色カビ病など様々な病気が発生しますが、黒星病とウドンコ病が最も厄介な病気と言われています。しかし施設栽培では一般的に黒星病の発生は少なく、ウドンコ病と灰色カビ病が主要な病気となっています。
この章では露地栽培と施設栽培で発生する病気についていくつか取り上げて説明していきます。
<黒星病>
露地栽培では4月頃の春から初夏の梅雨期にかけて発生し、盛夏になると一旦落ち着きますが秋雨の季節にかけてまた発生が増えてきます。主に葉に発生し、染み状の斑点が葉に多数生じます。斑点病と似た病斑を生じさせますが、病斑の周縁がギザギザしたものが黒星病、周縁が黒星病に比べて滑らかなものが斑点病になり、周縁を観察することが見分けるポイントの一つです。これまで黒星病菌の宿主はバラ属の植物の数種とされていましたが、近年の研究によってハマナス・オオタカネバラ・イヌバラ・ダマスクローズなどバラ属原種とバラ属交雑種のあわせて19種が宿主として登録されています。一般的に黒星病は薬剤使用で発生を抑えますが病気を早めに発見して対応することが激増させないポイントとなっています。
<ウドンコ病>
ウドンコ病は露地栽培と施設栽培ともに発生し、露地栽培では黒星病と並ぶバラの重要病害で、施設栽培では最も多く発生する病気の一つになっています。主に生育中の新梢の若い葉に発生し、白い粉状の症状を発生させます。ウドンコ病菌は生きた植物上で存在する絶対寄生菌*で、胞子を飛ばして感染を広げる空気伝染性の糸状菌です。昼間の乾燥と夜間の多湿の繰り返しで発生が多くなり、一般的には過繁茂にならないようにすること、換気などで病気を発生させないよう留意すること、薬剤散布によって発生の予防と治療を行って対策を講じます。
*:生きた植物細胞でしか存在できず人工的に培養できない菌のことで、ベト病菌やサビ病菌も絶対寄生菌になります。
<灰色カビ病>
露地栽培と施設栽培ともに発生する病気で、施設栽培ではウドンコ病に並び多発する病気です。つぼみや開花期の冷涼多湿な時期に発生が多くなり、水浸状の病斑が広がって灰褐色のかびで覆われてきます。つぼみ、花梗、葉、花弁などに発生しますが、花弁の場合、切り花の出荷後にも病斑が広がり日持ち性を悪くする原因の一つとなっています。空気伝染性の病気で発育適温は20-25℃ほど、多湿条件で発生しやすいとされています。また、窒素過多の土壌条件と不十分な換気で発生が助長されるとされています。被害部分の除去、換気、排水を良くする、選定ばさみの洗浄などの対策を行い、あわせて薬剤散布も行って発生させないように心掛けます。
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バラの害虫:蛾、ハダニ、アザミウマ
バラ栽培で発生する害虫は、露地栽培と施設栽培で病気と同様に発生の傾向が少し異なっています。露地栽培で問題となる害虫は、アブラムシ類・ハダニ類・アザミウマ類・ゾウムシ類・ハチ類(クキバチ・バラクキバチ)・カイガラムシ類・ガ類(ハスモンヨトウ・ヨトウガ・イラガ・ホソオビアシブトクチバ)・コガネムシ類(ハナムグリ)など多様です。しかし、施設栽培ではハダニ類・アザミウマ類・アブラムシ類などが主要害虫となっています。この様にバラには多くの害虫が発生するため無農薬での栽培は困難でしっかりと駆除する対策を行う必要があります。目で観察するには小さく、気づいた時には大発生していることもある害虫の管理は非常に重要です。
この章ではバラ栽培で比較的多く発生する害虫をいくつか取り上げて説明していきます。
<ガ類(ハスモンヨトウ・ヨトウガ)>
ハスモンヨトウとヨトウガは広食性で花卉類ではバラの他にキク・カーネーション・ダリアなど、野菜類ではサトイモ・キャベツ・ナスなど多くの農作物を食害します。
ハスモンヨトウとヨトウガの若齢幼虫(1-3齢)は仲間と共に集団で葉を食害します。成長して4齢以降になると分散して行動し、日中は土中に隠れ、夜になると活動するようになります。「夜盗虫(ヨトウムシ)」と言われる所以です。栽培中のバラに透けた葉があったときは若齢幼虫がいる可能性が高いので葉裏を確認します。発見できない場合は成長してしまって土中に隠れてしまった可能性が高いです。
ヨトウムシの物理的防除は、観察によって被害葉を探し卵や幼虫を除去・退治することや土耕栽培の場合は土中に潜んでいる幼虫の捕殺で対策を行います。また、施設栽培の場合は成虫の飛来を防ぐ為の防虫ネットや網戸などを設置します。化学的防除としては薬剤散布が一般的ですが、捕殺作業も薬剤散布作業も大変な労力を伴う作業になっています。
<ハダニ類>
バラ栽培ではナミハダニの被害が多く、暑くなる夏に向けて発生が増えてきます。とても小さな害虫で普段からよく圃場で観察していないと気付いたときには既に大発生していることが多く、さらに発見が遅れると葉や花弁に蜘蛛の巣の様に糸を張られてしまう状態になってしまい、商品価値が著しく低下してしまいます。消費者が切り花として購入したバラにハダニが付着していると、同時に購入した健全な切り花に移動することで被害が広がり日持ち性を低下させる原因にもなってきます。近年はナミハダニの防除と抑制にミヤコカブリダニなどの天敵を導入する農家が増えています。少し前の論文になりますが、バラ栽培でよく使用される数種類の農薬についてミヤコカブリダニの忌避性を調べた研究があり、ジクロルボス乳剤を除くマラソン乳剤やトリフルミゾール水和剤などの数種類の農薬はミヤコカブリダニの行動反応に影響はないとされる結果が示されました。この結果について、ミヤコカブリダニがジクロルボス乳剤に対して忌避反応を示したのは、ジクロルボス乳剤が揮発性の高い農薬であったことが考察されています。
<アザミウマ類(スリップス)>
バラ栽培では主にヒラズハナアザミウマとミカンキイロアザミウマの被害が多くなっています。新芽・葉・花を吸汁して加害しますが花の被害が最も多いとされています。ヒラズハナアザミウマもミカンキイロアザミウマも小さな害虫ですが、加害されているバラの花を覗くと細く黒っぽい或いは黄色っぽいものが素早く動く様子が観察できます。花弁の色によっては観察しやすい場合もありますが、肉眼でのアザミウマの種類の判別は難しいかと思います。施設栽培において、ヒラズハナアザミウマは冬期に生殖休眠するので増加することはないですが、ミカンキイロアザミウマは休眠しないのでハウス内では周年発生し被害を与えるので大きな問題となっています。主な防除方法は化学的防除では薬剤散布、物理的防除では粘着シートや太陽光を利用した反射資材が一般的です。
薬剤使用を減らした害虫対策
先述したように、ハダニ対策としてミヤコカブリダニなどの天敵利用が広がっています。施設栽培におけるハダニ対策の天敵利用は被害を拡大させない為の非常に有効的な手段で、バラに限らずイチゴ、トマトやピーマンなど多くの施設栽培の農作物で利用されている技術です。一方、アザミウマに対する天敵はククメリスカブリダニ、スワルスキーカブリダニ、リモニカスカブリダニ、タイリクヒメハナカメムシなどが知られています。しかし、ククメリスカブリダニ及びタイリクヒメハナカメムシは花卉類の登録がありません。
天敵を利用した害虫対策は全国に広がっており、防除対象となる害虫によっては従来の慣行栽培での化学農薬使用量を大きく減らしても十分に対応できるようになっています。しかし、天敵の施用前と施用期間中は天敵の定着を促すために特定の化学農薬を使用できなくなることや天敵自体が非常に小さい為に圃場に定着したか判りにくいこともあり、慣れていないと天敵を上手に活用する為のコントロールが難しい場合があります。
IPM(総合的有害生物管理:Integrated Pest Management)
IPMという言葉を聴いたことのある方は少なくないかと思います。下記の4つの防除手段の組み合わせによって有害生物から農作物を守る手段です。
- 化学的防除:化学農薬の利用によって病害虫被害を減らす防除手段
- 生物的防除:天敵やBT剤などの利用によって害虫被害を減らす防除手段
- 物理的防除:害虫の捕殺や粘着シートなどを使用して被害を減らす防除手段
- 耕種的防除:抵抗性品種の導入や栽培時期を変えるなどの対策で被害を減らす防除手段
最も効果を実感し易い化学的防除に偏りがちですが、IPMは4つの手段をバランスよく総合的に活用することがとても重要であるという考え方です。先述したようにバラ栽培において生物的防除である天敵利用は非常に有効的です。しかし、発生頻度が高く被害が大きくなり易い害虫の対策はより十分に行っても良いと思います。
物理的防除の一つとして、LED照射を利用したアザミウマとヨトウガの行動を抑制する方法があります。LED照射によってアザミウマやヨトウガが植物の緑色を識別することが困難になり誘引や定着を防止します。LED照射は天敵や訪花昆虫に影響を及ぼさないことも判っており、バラ農園をはじめナス農園、ブルーベリー農園、イチゴ農園など多くの農園で被害抑制効果を得ています。
バラのアザミウマ対策には虫ブロッカー赤
虫ブロッカー赤
アザミウマに対する赤色LEDの忌避効果が証明されていますが、バラに対する忌避効果は多くのバラ栽培者が認知しつつあります。とにかく病害虫の発生が多いバラですが、中でもアザミウマ被害は深刻です。30%が出荷できないというケースも散見され、栽培者の頭を悩ませています。切り花としてのバラは施設栽培されることが一般的ですが、バラ株の最長部から1m程度の高さに虫ブロッカー赤を設置します。設置間隔は10-15mです。花弁の吸汁被害が抑制されて農薬散布回数の減少が大きく期待できます。
てるてる
「てるてる」は物理的防除として圃場に取り入れることができる光を利用した農業資材です。光を拡散反射させる機能のある光反射シートで、アザミウマ類やコナジラミ類に対して効果的です。これらの害虫は様々角度から照射される光に対して忌避の反応を示し、とくに腹側に光を照射すると吸汁や交尾の行動を阻害します。
「てるてる」は太陽から降り注ぐ紫外線と可視光線のうち85%を反射します。太陽光を無駄なくバラに照射させることは、アザミウマ類やコナジラミ類の抑制だけではなく生育促進の効果も期待できます。
惜しみない手間から生まれる美しいバラ
私たちの身近にあるバラには多くの病気と害虫が発生することがわかりました。美しいバラをいつでも手に入れることができるのは、生産者の皆様が丹精を込めて栽培して病害虫からバラを守ってくれているからです。このコラムを通じて生産者の皆様のお役に少しでも立ち、私たち消費者の方々にもバラ栽培について知っていただければ幸いです。
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コラム著者
小島 英幹
2012年に日本大学大学院生物資源科学研究科修士課程を修了後、2年間農家でイチゴ栽培を経験。
2021年に民間企業数社を経てセイコーステラに入社。コラム執筆、HP作成、農家往訪など多岐に従事。
2016年から現在まで日本大学生物資源科学部の社会人研究員としても活動し、自然環境に配慮した農業の研究に取り組む。研究分野は電解機能水農法など。近年はアーバスキュラー菌根菌を利用した野菜栽培の研究に着手する。
検定、資格は土壌医検定2級、書道師範など。